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学校で一年中釣りをする子供も・・・?みんなが自分の主人公!「サドベリー・バレー・物語」

2015/05/25

カテゴリ
海外の教育
キーワード
サドベリー アクティブラーニング オルタナティブ教育

はじめに

近年、教育改革が叫ばれています。そこでは、教室で一人の先生が多くの子供たちに一方的に知識を伝達するといったような教育から、子供たち一人一人が主体的に学ぶアクティブラーニング型の教育への変革が謳われています。

本記事では、アクティブラーニング型の教育の最たる例であるサドベリー・スクールのエッセンスを感じていただけるよう、その元祖であるサドベリー・バレー・スクールについて、スクールを立ち上げて自身もスタッフを務めていたダニエル・グリーンバーグが描いた『世界一素敵な学校~サドベリー・バレー物語~』の一部をご紹介していきます。

 

サドベリー・バレー・スクール物語 

子どもたちの本来の姿に立ち返る

サドベリー・バレーはただ、子どもたちがリアルな人びととして扱われ、望み通りの責任をあてがわれ、そしてその責任を取ることができる、昔の日々に立ち返ろうというところです。
サドベリー・バレーは、子どもたちを人間としてもてなし、自分自身の関心を追及してもらうところです。(中略)
サドベリー・バレーの子どもたちは、カリキュラム設計者が重要であると決めた、一握りの学科ではなく、関心のあるすべての物事にアクセスしています。 (p.15)

サドベリー・バレー・スクールはこのような理念を基に活動しています。

この前提としては、一九〇〇年頃にはあらゆる先進国で制度化された筆者の言うところの「強制教育」への批判の眼差しがあります。

産業革命の出現はしかし、社会に深刻な問題を投げかけました。(中略)どうやったら数百万の人びとに自らすすんで機械の一部になってもらえるのか?解決策は、<教授>の領域に横たわっていました。(中略)
子どもたちの自由な精神を破壊することです。 
一箇所にじっと座っていたい、並んでいたい、言われた通りのことをいつもしていたいと、思い込ませなければなりません。 (p.10)

さらに次のようにも<教授>の不必要性に言及しています。

機械を動かすのに歴史を知る必要はありません。しかしいったん学校で教えることになってしまったら最後、子どもたちには歴史を教えなければならない、ということになるのです。(中略)
つまり、わたしたちは今日においてもなお、子どもたちの意志を挫いているのです。子どもたちをロボット化し、機械のように扱い、頼まれもしない、必要でもないカリキュラムをどんどん積み上げています。 (p.13)

こうした考え方を基に、子どもたちに次のように学んでもらうことをサドベリー・バレー・スクールでは理想としています。

人間とはその生の固有の一部として、常に学んでいく存在である(p.23)
自分に備わったナチュラルな傾向に従い、自分のしたいことを毎日欠かさず続けることで、 子どもたちは学んでいく(p.23)
この学校に入るやいなや、年齢に関係なく、子どもたちは自分自身の主人公になるのです。自分自身に責任を持たされる(筆者注:原文ママ)です。誰のものでもない自分の人生のコースを左右する決断を自分で下していくのです。
スタッフがいて、自然に恵まれたこの学校は、学習のソース(源泉)を提供します。その扉は、求められたとき必ず開きます。しかし、求められなければじっと待っている。 (p.23)

 

ひたむきに自分の人生を生きる子どもたち

サドベリー・バレー・スクールには決まった時間割はありません。子どもたちが自由に予定を立て、自由に時間を過ごすのです。そうした中で子どもたちは何をどのように学んでいくのでしょうか。それに関していくつかの事例をご紹介します。

わたしの前に座っているのは、九歳から十二歳まで十二人の子どもたち。先週、わたしのところに来て、足し算、引き算、掛け算、割り算、算数ならその他なんでも教えてくれと頼んで来た生徒たちです。(中略)
結局、算数の全教程を終えるのに二十四週かかりました。週二回、一回につき三十分。ということは、トータル二十四時間ですべてを学んでしまったのです。ふつうの学校なら六年かけて学ぶところを、たったそれだけで・・・・・・。それも、全員が、すべてを習得し切ったのです。(p.45) 

このエピソードを筆者は、子どもたちが求めたタイミングで与えれば、算数という教科自体は難しくないので短時間で習得できるということを示していると考えています。

リチャードがこの学校に来たのは十三歳のときのこと。サドベリー・バレー校の開校と同時に入学した一期生の一人です。入学早々、リチャードはクラシック音楽、とくにトランペットに興味を覚えました。(中略)
リチャードは毎日、四時間のトランペット演奏を欠かしませんでした。信じられないくらいの集中ぶりです。少しほかのことにも目を向けたら、と言っても無駄です。(中略)
サドベリー・バレー校を卒業後、リチャードは音楽院に進みました。そこで管楽器のエキスパートとなった彼は、音楽院を出て間もなく、あるメジャーな交響楽団の第一ホルン奏者に抜擢されたのです。(pp.52-53) 

このエピソードは、子どもが自らの興味の赴くままに一つのことに集中して学んでいったところ、それが仕事になったというものです。

他にもサドベリー・バレー・スクールの多くの子どもたちはひたむきに何かに取り組んでいます(ひたむきに何もしないという子どももいます)。

ある子どもは学校敷地内で一日中そして一年中釣りばかりしていました。それでも筆者は、その中から彼は大事なことを学んでいるのだと言います。

まず第一に、どうすればひとつの物事をしっかり摑み、投げ出さずにすむか。第二に、欲求の度合いがどうあれ、あるいはその導く先が何処であろうと、自分がほんとうに興味を持つことを存分に追い求めることができる自由の大切さを学んだこと。そして最後に、自分がどうすればハッピーでいられるか、ダンは知っている(p.71)
ダンが学んでいることを奪い去る権利は、だれにもないんですよ(p.71)
いつの日か、あるいはいつの年にか、釣りに対する関心がなくなれば、こんどは釣りに注いだと同じ努力を次ぎの関心事に向けるはず(p.71)

その後、釣りばかりしていたダンはコンピュータのエキスパートとして会社を起こし、その後コンピュータをもっと勉強するため大学に進みました。釣りに向けていたのと同じ努力を、次の関心であるコンピュータに向けたのです。


おわりに

いかがだったでしょうか。本記事では字数の都合でサドベリー・バレー・スクールの魅力をすべてお伝えすることはできませんでしたが、子どもにとって大切なことは何か、どのような教育が本当に必要とされているのかを考えるきっかけになれば幸いです。

私が印象的だったのは、サドベリー・バレー・スクールの卒業生が、自分自身の人生を自分でコントロールできているという感覚を持てているという点でした。この不確実な世の中で自分を見失わずに人生を歩んでいくたしかな土台を、このサドベリー・バレー・スクールで築くことができたということなのではないでしょうか。

さらに言えば、未来の社会を担う子どもたちが画一的な道ではなくそれぞれの多様な道を歩んでいくということは、社会全体としても環境変化に強くなっていくというメリットがあります*1。この不確実な社会に求められる教育のエッセンスが一部垣間見えた気がしました。

ちなみに、実は日本にもサドベリー・スクールが存在します。関心のある方は関連記事も是非ご覧ください。

 

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記事執筆:さくま

都内で政治学を学ぶ大学生です。
みんなが活き活きと生きられる社会を目指しています。

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