小さな「学力格差」をどう食い止める?―他国に学ぶ「格差を生まない」教育―
はじめに
日本における「学力格差」、あるいは「教育格差」という言葉が「格差社会」という言葉と共に有名になっています。そして階層や環境の違いから起きるこうした格差は、小さい差の内から対処することは出来ないのか?あるいは予防出来ないのか?ということについて考えたいと思います。
「学力格差」は小学校の時から始まっている?
上の図は現役小学校教師への意識調査ですが、これを見ると、「学力格差」の鱗片が(発達的な程度の差はあれ)すでに小学校の頃から多くの教師の方々に実感されていることがわかります。
では「学力格差」がじわじわとその幅を広げていくきっかけとなるものは何であるのか。きっかけと考えると、算数の「九九」や「繰り上がり」のような、学習の上で「つまずき」と表現されるような項目ごとの定着度の低さが、その後に連鎖的な理解不足を招いていると考えられます。
こうした小学校段階の「つまずき」は、塾や通信教育等の教育サービスを受けることのできる「階層」の子どもは早期に予防、対処できるかもしれませんが、それ以外の子ども達は学校の関わらないところで補助的に学ぶことが難しいため、なかなか発見、修正が追いつかないまま次に行かざるを得なくなります。これは「格差」の一つと言えるでしょう。
「格差」をなくす各国の取り組みとは?
では、「階層」に関わらず「つまずき」に対処するための仕組みはどのようなものが実践されるべきなのでしょうか。今回はその例を他国の教育制度に求めたいと思います。
幼児教育の義務化、無償化
小1プロブレムという言葉があるように、小学校に入ったばかりの時に学校文化になじめず、授業にうまく参加できない不適応状態が続く子どもたちの状況が問題化しています。
授業に参加する度合いが低い子どもにはより学びにおける「つまずき」に直面する危険性があるといえます。小1プロブレムは机に座ること、黙って先生の話を聞き続けること等の学校特有の文化に加え、人の話を真剣に聞くこと、集団の中で譲り合うといった生活的、社会的なことに慣れていないことも原因だと考えられますが、そうした能力の養成のために集団の中で社会性や生活習慣を養うことには幼児教育の果たす役割は無視できません。幼児教育を義務としていない日本では、こうして子どもたちを緩やかに小学校の文化に慣れさせる役割を持つ幼児教育を受けられる子どもと受けられない子どもの間に差が生まれることは一つの「格差」と呼べるかもしれません。
それに対して、メキシコでは3歳、ハンガリーでは幼稚園の最年長クラスからの幼児教育を義務としており、その上で恵まれない子どもの優先的入園や無料での食事提供が行われています。これは学校に入る前の子どもの準備段階を作り、事前に「つまずき」を予防する制度であると言えるでしょう。
この取組みに関しては日本の文部科学省は五歳児からの早期教育無償化を方針として掲げており、近いうちに子どもたちが同じスタートラインに立って小学校での学びを始められる時が来るかもしれません。
個々人の状況に合わせた落第
「つまずき」に対処する際の難点の一つとして、画一化され、進行し続ける学習内容があります。一度つまずいてしまったときに一度対処することが出来たとしても、周囲と同じ速度で授業が進むうちにその「つまずき」が新たな「つまずき」の間接的な原因になりかねません。個々人の理解度をその都度確保し、なおかつ学級全体の学習の進行を維持することには限界があると思われます。
それに対し、個々の子どもが自分に合った速度で学ぶことを重視するオランダでは、小学校の時点から成績が基準を満たさない子どもの落第の制度が小学校からあり、確実に学年ごとでの学力を獲得してから、子どもたち独自のペースで、全員が必要とされる学力を達成することが出来るようになっています。
オランダでのこの政策の実施には、落第とは逆の飛び級も個々人のペースとして受け入れられていることや、充実した助成金などの制度によって子どもが長く学校に通い続けることが家庭の負担になりにくいという背景があります。
おわりに
今回は他国の例を紹介しながら、「つまずき」への対処法について検討しました。「学力格差」について子どもたち全体への「予防する」教育と、それぞれの子どもたちに「対処する」教育の両面に着目することで、よりよい教育を目指せるのではないかと思います。
参考文献
リヒテルズ直子著『オランダの教育―多様性が一人ひとりの子供を育てる』平凡社、2004
OECD編、著『OECD保育白書―人生の始まりこそ力強く:乳幼児期の教育とケア(ECEC)の国際比較』明石書店、2011
参考記事
日本にだって格差はある!~『学力と階層』より~
小1プロブレムについて考える
5歳から義務教育!教員免許の小中一貫化も
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記事執筆:いけだこーた