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国際バカロレアで変わる日本の教育!インタビュー①~教育者を目指すまで~

2015/03/14

カテゴリ
国際バカロレア
キーワード
国際バカロレア IB インタビュー 坪谷ニュウェル郁子 日本の教育 インターナショナルスクール

はじめに

文部科学省が、2018年までに200校まで認定校を増やすと明記している国際バカロレア。
これは、大学入学資格が与えられる世界共通の教育プログラムのことです。(国際バカロレアについては「国際バカロレア(IB)ってなに?国内認定校の事例から解説します」をご覧ください。)

今回は国際バカロレア機構アジア太平洋地区で委員を務めておられる、坪谷ニュウェル郁子さんにお話を伺いました。これから数回に分けて、インタビューの内容をお伝えします。

まずは、坪谷さんご自身の半生について語っていただきました。




突出した正義感はこの頃から!幼少期~小学生時

わたしは神奈川県の茅ヶ崎市で、母は専業主婦、三歳違いの姉がいて、いたってごく普通のサラリーマンの家庭に生まれ育ちました。
母がとても教育熱心だったので、三歳から家庭教師、英語、ピアノ、お琴、バレエっていう具合に習い事をすごくさせてくれました。そしてその後は、地元の幼稚園、小学校に行きました。

小学校の時から、すごく正義感が強かったといまだに言われます。
例えば、
学校の先生が勉強のできる子を一番前に座らせて、先生のお手伝いさせたりするのはフェアではないと思ったんです。なので、教師は全ての生徒を平等に扱うべきだという運動を行いました。(笑)

小学生ですでに改革運動……すごい行動力です!
「あの先生はあの子は特別扱いする。」「えこひいきしている。」みたいなことはお友達同士でコチョコチョ話せても、教師にそれを直接主張できる生徒はそういないと思います。
運動の中身が気になりますね……! 

               

エリート揃いの進学校へ!でも…… 

その後中学受験を経て進んだ高校は、1日の勉強時間が平均7時間という超進学校。
もちろん周り
も優秀な生徒ばかりでした。
                               

わたしの行ってる学校はみんなエリートだったから、目指していく方向っていうのは、東大を頂点とする国立大学や、私立大学のエリート校に受かるということが目的だったように思います。

そのなかで自分はなにをやりたいかってことじゃなく、大学に受かるってところが頂点で、みんな学習している。それはそれなりの高い効果があり、非常に忍耐力も基礎学力もつけられるなど良い点は多々あります。
ですが、人生の目的はそれだけではないんじゃないかと、若かったのでそう感じていました。

そこで坪谷さんは、みんなと一緒に日本の一流大学を目指すのではなく、アメリカの大学へ行くことを決心します。

アルバイトをして自分でお金を貯め、家族にアメリカ行きを打ち明けたのは、出国の2週間前のことでした。

親は口から泡みたいな状態でしたが、わたしはアメリカへ行ってしまいました。
親不孝をしたので、そこからは経済的に自立しました。

 
 

アメリカでの大学生生活

親に頼らない経済的な自立のために、さまざまなアルバイトをしながら大学生活を送っていた坪谷さんは、在学中に最初の起業をします。 

捨て猫を拾い飼い始めましたが、学生でお金もないため、猫のおもちゃを自分で作りました。
すると、これで猫が何十分も何時間も遊ぶんです。そこでわたしは、このおもちゃを作って売ることを考えました。

最初は道で売り出しましたが、全く売れませんでした。そこで、よし、それならば裕福な居住区の動物病院にチラシを置かせてもらおう、と一軒ずつ頼みに行きました。それが功を奏し、注文がくるようになりました。

勉強しながら夜なべしておもちゃを作るのは中々大変だったので、一年ぐらいでやめましたが、良い経験になりました。


このあと一度日本に帰った坪谷さんは、母親が買ってくれた洋服の値段の高さに驚き、それと同時に、今自分が着ているような古着を売ることはできないか、と考えたそうです。
今でこそ日本でもたくさん流通している古着ですが、当時はそもそも古着を着るという発想すら
なかった時代。

ここから坪谷さんの二度目の起業が始まります。

ファッションっていうと原宿だって思ったわたしは、原宿のカッコよさそうなお店を訪ねて行きました。そして、アメリカではこういうものを売ってるお店がたくさんあるんですけど、アメリカから商品を送るのでお店で置いてくれませんか、と一軒一軒尋ねてまわりました。

古着など着る人はいないと断られ続ける中、一軒のお店の人が、「君面白いこというね、
そういう面白いこと好きなひとがいるから紹介してあげる」と言って、仲買人を紹介してくれました。そこでサンプルを送ってくれないかと言われ、アメリカに帰った後お送りしたんです。その結果、三ヶ月後くらいには三十万、五十万と注文を受けるようになりました。

そこで、スキャット・インターナショナルという会社を米国で創立し、三年間経営しました。

 

当時から、商売に関してずば抜けた才覚を発揮していた坪谷さん。
その後会社を売却し、得られたお金を用途別に三分割したそうです。

ひとつは、学生としての生活しか見ていなかったアメリカで、ブロードウェイのショーやレストランなど、当時の一流を見聞するため。ひとつは、日本に帰ったあと新しい生活を始めるため。
そしてもうひとつは、これから先の生きる道として将来使う時のため

こうしてアメリカ生活を終えた坪谷さんは、帰国し新たな生活を始めます。


教育者としてのはじまり、「教育ってそんなんじゃないよ!」 

日本に帰国してすぐ、東京の通訳専門学校で教師として働き始めたときのこと。
坪谷さんが初めて指導したのは、自分とそう年齢も変わらない18歳の生徒たち26人。

しかし自分の担当するクラスの生徒が徐々に減り、半分しか来なくなってしまいます

二十六人生徒がいましたが、二学期になったら半分しか生徒がこなくなりました。なぜだろう、自分の教え方が悪いのだろうか・・・・・・・。

そこで経営者に、来ない生徒を訪ねて行きたいので住所と連絡先を教えてほしいと頼みに行きました。
しかし経営者からは、年間の授業料は前納なのでそんなことする必要ないと言われました。

わたしも若かったので、「教育はそんなもんじゃない」と思い、もっと本当に生徒一人一人のことを考えた学校を作ろうということまで思いたったのです。

 

専門学校の経営者との意見の食い違いをきっかけに、再び「教育」を意識するようになった坪谷さん。

自身が考える「本当の教育」を目指し、それを実行できる新しい学校を作る決心をします。



おわりに

第一回は、坪谷さんが教育者としての人生を歩むまでの経緯をご紹介しました。
色々な人たちとの出会い、初めての学校づくり、そうして再び考えた「教えたいこと」とは?

この続きは次回、お伝えいたします。 


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記事執筆:あらき

大学三回生です。
国語科教員免許取得を目指し勉強中です。

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